遺言に関する基礎知識
1.遺言の方式
遺言書は、法律(民法)に定められた方式に従って作成されなければならず、この方式に従って作成されていない遺言書は無効となります。
遺言の方式には、普通方式(①自筆証書遺言、②公正証書遺言、③秘密証書遺言)と特別方式(①危急時遺言、②隔絶地遺言)があります。
以下、普通方式についてご説明いたします。なお、特別方式の遺言は、死期が迫っていたり、伝染病等により隔離されていたりして、普通方式による遺言ができない場合に認められる方式です。
(1) 自筆証書遺言
自筆証書遺言とは、遺言者が、遺言の全文、日付及び氏名を自書し、押印する方法により作成する遺言です。
【追記】
民法の改正により、財産目録については自書によらない方法も可能になりました。
詳しくはこちら ⇒ 自筆証書遺言の方式緩和
自筆証書遺言は、費用をかけず、自分一人で簡単に作成できますが、その反面、公正証書遺言と異なり、公証人という専門家の関与がありませんので、遺言の有効性や遺言内容の実現可能性が保証されていないといえると思います。
遺言は、法律に定められた方式に従って作成されていないと無効になってしまいます。自分で作成する自筆証書遺言の場合は、特に注意して作成する必要があります。また、遺言の内容も専門的な知識に基づいて明確に記載していないと、その内容が実現できなかったり、相続人がその解釈で争ったりするおそれがあります。さらには、「遺言者は、作成当時認知症だった」とか、「○○が遺言書を書かせた」といったような、遺言者の遺言能力や遺言の意思の有無について、相続人間で争いになるおそれもあります。
そして、自筆証書遺言は、その保管方法についても注意を要します。公正証書遺言と異なり、原本が公証役場に保管されるわけではありませんので、紛失や改ざんのおそれがあります。また、遺言書の存在を秘密にしていた場合などには、そのまま遺言書が発見されないということも考えられます。
(2) 公正証書遺言
公正証書遺言とは、公証人が法律に定められた方式に従って作成する遺言です。公正証書遺言の作成には、証人2人以上の立会いが必要になります。
具体的には、遺言者が公証人の面前で遺言の内容を述べ、それを公証人が証書に筆記し、これを遺言者と証人に読み聞かせるなどして内容を確認させ、遺言者と証人が署名押印して作成します。
公正証書遺言は、公証人という専門家が作成しますので、方式の不備で遺言が無効となることはありません。また、公証人は、遺言書を作成するにあたり、遺言者の遺言能力や遺言の意思をしっかりと確認しますので、その点で争いになる可能性も低いです。さらに遺言の内容についても公証人が検討していますので、解釈について争いになる可能性は低く、遺言内容の実現可能性も高いといえます。
そして、作成された遺言書は、公証役場に保管されます。したがって、遺言書の紛失や改ざんの心配はありません。また、相続人は、被相続人が公正証書遺言をしていなかったか公証役場で調べてもらうことができますので、遺言者が公正証書遺言の存在を秘密にしていたとしても、相続人に発見してもらえる可能性があります。
(3) 秘密証書遺言
秘密証書遺言とは、遺言の内容の秘密を守りながら、作成に公証人と証人2人以上を関わらせることにより、遺言したことを明確にできる遺言です。
具体的には、まず、遺言者が遺言書を作成し、それに署名押印をして封筒に入れ、遺言書に押したものと同じ印章で封印をします。そして、その封書を公証人と2人以上の証人の前に提出し、遺言者は、封筒の中身が自分の遺言書であることと、氏名及び住所を申し述べます。公証人は、封紙に封書が提出された日付と遺言者が申し述べた内容を記載した後、その封紙に遺言者と証人とともに署名押印をします。
2.自筆証書遺言と公正証書遺言の比較
それぞれにメリット・デメリットがあります。
なお、自筆証書遺言は、法務局に保管しない場合の自筆証書遺言についてのメリット・デメリットです。
(1) 自筆証書遺言の場合
≪メリット≫
① 自分一人で簡単に作成できる。
② 費用がかからない。
③ 遺言の内容やその存在を秘密にできる。
≪デメリット≫
① 方式の不備により無効になるおそれがある。
② 記載内容が不明確な場合、遺言の内容が実現できなかったり、その解釈で相続人が争ったりするおそれがある。
③ 遺言能力や遺言意思の有無について、相続人が争うおそれがある。
④ 遺言書を紛失したり、改ざんされたりするおそれがある。
⑤ 遺言書が発見されないおそれがある。
⑥ 家庭裁判所での検認手続が必要。
これらのデメリットに対する不安については、そのほとんどが、遺言を公正証書で作成(公証人が関与)することによって解消できると思われます。
(2) 公正証書遺言の場合
≪メリット≫
① 方式の不備により無効になるおそれがない。
② 記載内容が明確で、遺言の内容の実現可能性が高い。
③ 遺言能力や遺言意思の有無について、相続人が争うおそれが低い。
④ 遺言書の紛失や改ざんのおそれがない。
⑤ 相続人が遺言書の有無を公証役場で検索できる。
⑥ 家庭裁判所での検認手続が不要。
≪デメリット≫
① 手間と費用がかかる。
② 証人(2人以上)の手配が必要。
③ 公証人と証人が関与するため、遺言の内容を秘密にできない。
3.法定遺言事項
遺言は、遺言者の死亡の時にその効力を生じますので、真意やその内容の意味を確認しようにも、その時には遺言者は存在しません。そこで、遺言者の真意を確保するために、「遺言は、この法律(民法)に定める方式に従わなければすることができない」として、厳格な遺言の方式が定められ、遺言できる事項についても民法や他の法律に定められたものに限られており(法定遺言事項といいます。)、それ以外の事項を遺言書に記載しても、遺言としての効力は認められません。例えば、遺言書に家族への感謝の気持ちや葬儀・臓器移植の希望などを記載することは可能ですが、これらについては遺言としての効力は認められず、相続人は、その遺言の内容に拘束されません。
【主な法定遺言事項】
① 相続に関する事項
法定相続分と異なる相続分を指定したり、具体的な遺産分割の方法を指定したりすることができます。
② 財産の処分に関する事項
法定相続人以外の者に財産を与えたり、慈善団体に寄付したりすることを指示することができます。
③ 身分に関する事項
婚外子の子を認知したり、未成年者の子の後見人を指定したりすることができます。
④ 遺言の執行に関する事項
相続手続を円滑に進めてもらうため、遺言執行者を指定しておくことができます。
⑤ 解釈上認められている事項
祖先の祭祀を主宰すべき者を指定しておくことができるとされています。
4.遺贈
遺贈とは、「遺言による財産の贈与」のことをいいます。遺言者は、遺言で、相続人に限らず、相続人以外の者に対しても財産の贈与をすることができます。遺贈を受けた者のことを受遺者といいます。
遺贈には、①包括遺贈と②特定遺贈の2種類があります。①包括遺贈とは、例えば、「全財産をAに遺贈する」とか「全財産をA、B、Cの3名に対し、各3分の1の割合で遺贈する」といったように、遺言者が財産の全部又は一部を、一定の割合で示して遺贈することをいいます。②特定遺贈とは、例えば、「○○の土地をAに遺贈する」といったように、遺言者が特定の財産を具体的に特定して遺贈することをいいます。両者の主な違いは、①包括遺贈であれば、プラスの財産とマイナスの財産(借金など)の両方をその割合に応じて承継するのに対し、②特定遺贈であれば、その特定の財産だけを承継する点にあります。
包括遺贈を受けた者を包括受遺者といいます。包括受遺者は、「相続人と同一の権利義務を有する」とされており、包括受遺者又は相続人が複数あるときは、他の相続人と同様の立場で遺産分割協議に参加することができますし、また、相続人と同様熟慮期間(3か月)内に、遺贈を承認するか放棄するかを選択することができます。なお、特定遺贈の受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも遺贈の放棄をすることができます。
5.遺言書の検認
遺言書(公正証書による遺言書を除きます。)の保管者又はこれを発見した相続人は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して、その「検認」を請求しなければなりません。また、遺言書が封筒に入って封印されている場合は、家庭裁判所で相続人の立会いのもとに開封しなければなりません。家庭裁判所外で開封した場合は、5万円以下の過料に処せられます。
遺言書の検認手続は、相続人に対し、遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など、検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。
注意すべきは、遺言書の検認手続は、遺言書の有効・無効を判断する手続ではないということです。つまり、遺言書の検認手続を受けたからといって、その遺言書が法的に有効なものと認められたわけではありません。
なお、自筆証書遺言等に基づいて相談登記を申請するには、家庭裁判所の検認を受けた遺言書の添付が必要になります。
6.遺言執行者
遺言の内容を実現するためには、遺言者の死亡後、①不動産であれば、登記申請、②預貯金であれば、預貯金の解約など、様々な相続手続が必要になりますが、遺言の効力が生じたときは、当然ながら遺言者は存在しませんので、遺言者に代わって遺言の内容を実現する者が必要となります。この遺言者に代わって(相続人を代理して)、遺言の内容を実現する者のことを遺言執行者といいます。
遺言執行者は遺言の執行に関し、単独でその権限を行使することができます。遺言執行者がいない場合でも、相続人全員が関与することにより、遺言の内容を実現するための各種の相続手続を行うことができますが、遺言執行者がいると、遺言執行者が相続人全員の代表として、各種の相続手続を行うことができますので、大幅に手間が省略され、迅速に処理をすることができます。
なお、遺言執行者は、遺言で指定しておくことができますが、遺言でその指定がない場合は、相続人等がその選任を家庭裁判所に請求することができます。
7.遺言の撤回
遺言は、遺言者の最終の意思を尊重するものですから、遺言者が生きている間は、いつでも何度でも自由に変更したり取り消したりすることができます。
撤回の方法は、遺言の方式に従って行わなければなりません。ただし、撤回する元の遺言の方式と同じ方式である必要はなく、公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回することもできます。
遺言の撤回は、前の遺言を全部取り消して、新しく遺言を作成する方法が一般的ですが、前の遺言を残したまま、新しく遺言を作成することもできます。この場合、前の遺言が新しい遺言と抵触する(内容が矛盾する)ときは、その抵触する部分についてのみ、前の遺言が撤回されたものとみなされます。抵触しない部分については、遺言として残りますので注意が必要です。
上記遺言の方式による撤回のほかに、次のような場合にも撤回があったものとみなされます。
① 遺言者が遺言と抵触する生前処分をしたときは、その抵触する部分については、遺言を撤回したものとみなされます。例えば、遺言で相続させるとしていた不動産を売却した場合です。
② 遺言者が遺言書を故意に破棄したときは、破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなされます。
③ 遺言者が遺贈の目的物を故意に破棄したときは、破棄した目的物については、遺言を撤回したものとみなされます。
8.遺留分
遺留分とは、被相続人(遺言者)が有していた相続財産について、一定割合の承継を一定の法定相続人に保障する制度です。
遺言者は、遺言で遺贈をしたり、相続分を指定したりすることができますが、「遺留分に関する規定に違反することができない」とされています。
なお、兄弟姉妹には、遺留分が認められていません。
(1) 遺留分の割合
① 直系尊属のみが相続人である場合
遺留分は、被相続人の財産の3分の1(総体的遺留分)です。
② それ以外(下記アからエまで)の場合
遺留分は、被相続人の財産の2分の1(総体的遺留分)です。
ア 直系卑属のみの場合
イ 直系卑属と配偶者の場合
ウ 直系尊属と配偶者の場合
エ 配偶者のみの場合
例えば、配偶者と子(3名)が相続人の場合のそれぞれの遺留分は、次のとおり、配偶者が2分の1、子が12分の1ずつとなります。
配偶者の個別的遺留分:1/2(総体的遺留分)×1/2(法定相続分)=4分の1
子の個別的遺留分:1/2(総体的遺留分)×{1/2×1/3}(法定相続分)=12分の1
(2) 遺留分減殺請求
遺留分を侵害する遺贈又は贈与(原則として、相続開始前1年以内にされた贈与)があったとき、すなわち、相続財産から受け取とることができる財産が遺留分に足りない場合は、遺贈や贈与によって財産を譲り受けた者に対して、その返還を主張することができます。これを遺留分減殺請求といいます。
遺留分減殺請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。また、相続開始の時から10年経過したときも行使することができなくなります。