相続に関する基礎知識
1.相続の開始
相続は、人の死亡によって開始します。ここにいう「死亡」には、自然死亡と失踪宣告による擬制死亡の2つが含まれます。
失踪宣告とは、長期間不在であったり、船舶事故や震災等に遭ったりして、行方が分からず生死が不明な者について、死亡の事実が証明されなくても、死亡したとみなすことができる制度です。
死亡した者のことを被相続人といいます。
相続が開始すると、相続人は、被相続人の一切の財産(これには借金などの債務も含まれます。)を承継することになります。
2.相続人の範囲
誰が相続人になるかは、法律の規定によって決められています。
相続人は、血族相続人と配偶者相続人の2つに分けられます。
(1) 血族相続人
血族相続人は、第1順位が「被相続人の子又はその代襲者(孫、ひ孫など)」、第2順位が「被相続人の直系尊属(父母、祖父母など)」、第3順位が「被相続人の兄弟姉妹又はその代襲者(甥姪)」となっており、血相続人間においては、最優先順位の相続人のみが相続権を有します。例えば、①被相続人に子がいれば、子が相続人となり、直系尊属や兄弟姉妹は相続人になれません。②子がおらず、直系尊属がいるときは、兄弟姉妹は相続人になれません。
① 第1順位=「被相続人の子又はその代襲者(孫、ひ孫など)」
被相続人の子が第1順位の相続人となります。
被相続人の子が、相続の開始以前に死亡しているときは、その者の子(被相続人の孫)がその者に代わって相続人(代襲相続人)となります。これを代襲相続といいます。また、当該代襲相続人(被相続人の孫)も相続の開始以前に死亡しているときは、その者の子(被相続人のひ孫)が相続人となります。これを再代襲といいます。
② 第2順位=「被相続人の直系尊属(父母、祖父母など)」
被相続人の直系尊属は、第1順位の相続人となるべき者がいない場合に相続人となります。直系尊属の中では、親等の近い者が優先的に相続人となります。例えば、①父母及び祖父母が共に生存しているときは、父母が相続人となります。②父が死亡し、母が生存しているときは、父の父母(被相続人の祖父母)が生存していても、母のみが相続人となります。直系尊属には、第1順位の子のような代襲相続は認められていません。
③ 第3順位=「被相続人の兄弟姉妹又はその代襲者(甥姪)」
被相続人の兄弟姉妹は、第1順位及び第2順位の相続人となるべき者がいない場合に相続人となります。
兄弟姉妹の場合も、第1順位の子の場合と同様に、代襲相続が認められています。すなわち、被相続人の兄弟姉妹が、相続の開始以前に死亡しているときは、その者の子(被相続人の甥姪)がその者に代わって相続人となります。しかし、子の場合と異なり、再代襲は認められておらず、被相続人の甥姪の子は、相続人となりません。
(2) 配偶者相続人
被相続人の配偶者は、常に相続人となり、血族相続人があるときは、それらの者と同順位の相続人(共同相続人)となります。
3.相続分
相続が開始すると、遺産分割によって最終的に分配されるまでは、被相続人の財産や債務は全て、いったん全相続人の共有になります。
被相続人の有していた財産や債務を相続財産といい、相続財産を共有する相続人全体を共同相続人といいます。
各相続人の相続財産に対する持分、すなわち、被相続人の財産や債務を受け継ぐ割合を相続分といいます。
相続分は、被相続人が生前に遺言で決めておくことができます。これを指定相続分といいます。遺言による相続分の指定がない場合は、相続分は、法律の規定によって決められています。これを法定相続分といいます。
(1) 法定相続分
法定相続分は、誰が相続人となるかによって異なります。
法定相続人 | 法定相続分 |
配偶者と子 | 配偶者2分の1、子2分の1 |
配偶者と直系尊属 | 配偶者3分の2、直系尊属3分の1 |
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1 |
① 配偶者と子が相続人の場合
配偶者の相続分及び子の相続分は、各2分の1となります。
子が数人あるときは、2分の1の相続分を均等に分けます。
② 配偶者と直系尊属が相続人の場合
配偶者の相続分が3分の2、直系尊属の相続分が3分の1となります。
直系尊属が数人あるときは、3分の1の相続分を均等に分けます。
③ 配偶者と兄弟姉妹が相続人の場合
配偶者の相続分が4分の3、兄弟姉妹の相続分が4分の1となります。
兄弟姉妹が数人あるときは、4分の1の相続分を均等に分けます。ただし、兄弟姉妹の中に、父母の双方を同じくする兄弟姉妹(全血兄弟姉妹)と父母の一方を同じくする兄弟姉妹(半血兄弟姉妹)があるときは、半血兄弟姉妹の相続分は、全血兄弟姉妹の相続分の2分の1となります。
④ 代襲相続の場合
被相続人の孫や甥姪が代襲相続人として代襲相続する場合の相続分は、被代襲者(被相続人の子や兄弟姉妹)が受けるはずであった相続分と同じになります。
代襲相続人が数人あるときは、被代襲者が受けるはずであった相続分を均等に分けます。
(2) 特別受益者の相続分
生前に被相続人から贈与を受けたり、遺言によって財産を譲り受けた相続人を特別受益者といいます。
相続人の中に特別受益者がいる場合、民法は、相続人間の公平を図るために、この特別受益を相続分の前渡しとみて、①被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額に特別受益(贈与)の価額を加えたものを相続財産とみなし(みなし相続財産)、②これに指定又は法定相続分の割合を乗じて各相続人の相続分(本来の相続分)を算出し、③この本来の相続分から特別受益となる遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもって特別受益者の相続分(具体的相続分)とすることとしています。これを特別受益の持戻しといいます。ただし、被相続人が特別受益の持戻しの免除の意思表示をしたときは、特別受益は相続財産に算入されません(遺留分を侵害する場合を除く)。
なお、特別受益者は、特別受益にあたる遺贈又は贈与の価額が、本来の相続分の価額に等しいか、又はこれを超えるときは、相続分を受けることができません。
【特別受益者の具体的相続分の算出方法】
① みなし相続財産の価額=相続開始時の相続財産の価額+特別受益者が受けた贈与の価額 ② 本来の相続分額=①のみなし相続財産の価額×指定又は法定相続分の割合 ③ 特別受益者の具体的相続分=②の本来の相続分額-特別受益者のが受けた遺贈又は贈与の価額 |
(計算例1)
遺産:1,200万円
相続人と法定相続分:妻A(1/2)、子B(1/4)、子C(1/4)
相続人Bへの特別受益:300万円
① みなし相続財産
1,200万円(遺産)+300万円(特別受益)=1,500万円(みなし相続財産)
② 本来の相続分
A:1,500万円(みなし相続財産)×1/2=750万円
B:1,500万円(みなし相続財産)×1/4=375万円
C:1,500万円(みなし相続財産)×1/4=375万円
③ 特別受益者の具体的相続分
B:375万円(本来の相続分)-300万円(特別受益)=75万円
◎ A、B、Cのそれぞれの遺産の取得分は、A:750万円、B:75万円、C:375万円となります。
(計算例2)
遺産:1,200万円
相続人と法定相続分:妻A(1/2)、子B(1/4)、子C(1/4)
相続人Bへの特別受益:600万円
① みなし相続財産
1,200万円(遺産)+600万円(特別受益)=1,800万円(みなし相続財産)
② 本来の相続分
A:1,800万円(みなし相続財産)×1/2=900万円
B:1,800万円(みなし相続財産)×1/4=450万円
C:1,800万円(みなし相続財産)×1/4=450万円
③ 特別受益者の具体的相続分
B:450万円(本来の相続分)-600万円(特別受益)=-150万円(※)
※ Bはもらいすぎなので遺産を取得することはできませんが、もらいすぎた分を返還する必要はありません。
④ 特別受益者の具体的相続分がマイナスになったとき
遺産が1,200万円であるため、本来の相続分(Aが900万円、Cが450万円)どおりに取得しようとすると、遺産が150万円不足します。
そこで、次のように、特別受益者Bを除く相続人(AとC)の相続分の比率に応じて分配します。
A(900万円):C(450万円)=2:1
A:1,200万円(遺産)×2/3=800万円
C:1,200万円(遺産)×1/3=400万円
◎ A、B、Cのそれぞれの遺産の取得分は、A:800万円、B:0円、C:400万円となります。
(3) 寄与分
他方で、相続財産の増加に貢献した相続人がいる場合は、この増加分(これを寄与分といいます。)は、相続財産に含めない扱いがなされます。
具体的には、寄与者の相続分は、①被相続人の相続開始の時に有していた財産の価額から寄与分の価額を控除したものを相続財産とみなし(みなし相続財産)、②これに指定又は法定相続分の割合を乗じて各相続人の相続分(本来の相続分)を算出し、③この本来の相続分に寄与分を加えたものが具体的相続分ということになります。
【寄与者の具体的相続分の算出方法】
① みなし相続財産の価額=相続開始時の相続財産の価額-寄与分の価額 ② 本来の相続分額=①のみなし相続財産の価額×指定又は法定相続分の割合 ③ 寄与者の具体的相続分=②の本来の相続分額+寄与分の価額 |
(計算例)
遺産:1,500万円
相続人と法定相続分:妻A(1/2)、子B(1/4)、子C(1/4)
相続人Bの寄与分:300万円
① みなし相続財産
1,500万円(遺産)-300万円(寄与分)=1,200万円(みなし相続財産)
② 本来の相続分
A:1,200万円(みなし相続財産)×1/2=600万円
B:1,200万円(みなし相続財産)×1/4=300万円
C:1,200万円(みなし相続財産)×1/4=300万円
③ 寄与者の具体的相続分
B:300万円(本来の相続分)+300万円(寄与分)=600万円
◎ A、B、Cのそれぞれの遺産の取得分は、A:600万円、B:600万円、C:300万円となります。
4.遺産分割
相続財産に対する各相続人の共有持分=相続分は、あくまでも相続財産全体に対する抽象的な割合でしかありません。
相続が開始すると、相続財産は全て、いったん全相続人の共有となりますので、この相続財産を具体的にどのように分配するかを決める必要があります。 これを遺産分割といいます。
(1) 遺産分割の方法
遺産分割の方法には、①遺言による指定分割、②共同相続人全員の合意による協議分割、③家庭裁判所の調停又は審判による分割があります。遺産分割は、まず、①被相続人が遺言によって遺産分割の方法を指定した場合には、その指定に従って遺産分割を行い、②遺言による指定がない場合には、共同相続人全員の協議により遺産を分割します。そして、③その協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所に遺産分割を請求することができます。
(2) 遺産分割の態様
遺産分割の態様(具体的な分割方法)としては、①現物分割、②代償分割、③換価分割、④共有分割の4つがあります。
① 現物分割
現物分割とは、例えば、「不動産はA、株式はB、預貯金はCが取得する。」といったように、まさに現物を分割する方法です。
遺産分割は、その性質上できる限り現物を相続人に受け継がせるのが望ましいとされており、現物分割は、遺産分割の原則的方法とされています。
② 代償分割
代償分割とは、例えば、「不動産はAが取得する。Aはその取得の代償として、Bに対し、金500万円を支払う。」といったように、一部の相続人に法定相続分を超える額の財産を取得させた上、他の相続人に対して債務を負担させる方法です。
③ 換価分割
換価分割とは、遺産を売却・換価して、その代金を分配する方法です。
④ 共有分割
共有分割とは、文字通り、遺産を法定相続分により共有取得する方法です。
5.相続の承認・放棄
被相続人の死亡によって法律上当然に相続が開始しますが、相続人の意思を全く無視して手続が進むわけではありません。
財産をもらうだけならまだしも、相続によって債務をも受け継ぐことになるからです。
そこで相続人には、相続するかどうかを熟慮する機会が与えられています。これを熟慮期間といい、この期間は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月間です。
この熟慮期間内に、相続人は、相続について、承認(①単純承認と②限定承認があります。)するか、又は放棄(③相続放棄)するかを選択しなければなりません。
(1) 単純承認
単純承認とは、相続人が被相続人の財産及び債務を無制限・無条件に承継することを内容として相続を承認することをいいます。
単純承認をするには、後に述べる限定承認や相続放棄とは異なり、特別な手続は不要で、熟慮期間内に限定承認や相続放棄をしなかったときは、単純承認したものとみなされます。また、相続財産の一部を売却するなど、財産や債務を承継すると受け取られるような行為をしたときも単純承認したものとみなされます。
(2) 限定承認
相続人は、相続によって得た財産の限度において被相続人の債務及び遺贈の弁済をすべきことを留保して、相続の承認をすることができます。これを限定承認といいます。
相続財産のうち、プラスの財産とマイナスの財産(借金など)のどちらが多いのか不明な場合などに限定承認をしておくと、財産調査の結果、マイナスの財産の方が多かったとしても、相続人は、自己の財産から弁済する責任を負わずに済みます。
限定承認をするには、熟慮期間内に、限定承認をする旨を家庭裁判所に申述しなければなりません。具体的には、相続開始地(被相続人の最後の住所)を管轄する家庭裁判所に対して、限定承認の申述書と相続財産の目録を提出して行います。なお、相続人が数人あるときは、限定承認の申述は、共同相続人の全員で行わなければなりません。
(3) 相続放棄
相続が開始すると、被相続人の財産及び債務は、当然に相続人に承継されますが、相続人は、これを拒絶して承継を否認することができます。これを相続放棄といいます。
相続放棄をするには、熟慮期間内に、相続放棄をする旨を家庭裁判所に申述しなければなりません。具体的には、相続開始地(被相続人の最後の住所)を管轄する家庭裁判所に対して、相続放棄申述書を提出して行います。
相続放棄の申述は、限定承認の申述と異なり、各相続人が単独で行うことができます。
相続放棄の申述が家庭裁判所に受理される(認められる)と、その相続放棄者は、その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされ、被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も一切承継しないことになります。
6.相続人の不存在
相続が開始したが、「相続人のあることが明らかでない」ときは、 相続財産それ自体を法人とし、利害関係人等の請求によって、家庭裁判所が、相続財産を管理する者を選任します。これを相続財産管理人といいます。
「相続人のあることが明らかでない」ときとは、戸籍上相続人となるべき者がいなかったり、相続人全員が相続放棄をして相続人がいなくなったりした場合を指します。単に行方不明や生死不明である場合は、これに該当しません。
相続財産管理人は、法律の規定に従い、相続財産の管理と清算及び相続人の捜索手続を行います。一定の期間内に相続人が現れない場合は、特別縁故者(被相続人の内縁の妻や被相続人を最後まで看病した友人など)に相続財産の全部又は一部が与えられることがあります。特別縁故者への財産分与を経て、なお残余財産があれば、その残余財産は国庫に帰属することになります。